さかなさんですどうもこんにちは!
ある日家族が「引きこもり」になってしまったら
皆さんはどうしますか?
今回は16歳から22歳まで6年間引きこもりだった兄の話の続きです。
前回の話はこちら⇩
前回は兄の引きこもり歴と、当時の私の思いを中心に書きました。
今回は当時の兄の気持ち、そして今現在私が兄および「引きこもり」そのものに対して思うことを書いていきます。
前回も書きましたが、この記事は
現在引きこもっている人
その家族
そしてこれから引きこもりになる可能性のある、全ての子どものお父さんお母さんに
「大丈夫だよ」
と伝えたい。
そんな記事です。
以下は飽くまで私と、私の兄の例なので、全ての人に当てはまるわけではありません。
参考程度に、「そういう人もいるんだなぁ」と肩の力を抜いてご覧下さい。
前回のおさらい
兄の引きこもり歴
- 16歳 高校1年生
-
引きこもり(不登校)が始まる。高1で留年。
- 17〜19歳
-
母親に車で送迎してもらい、なんとか高校を卒業する。
- 20〜21歳
-
本格的な引きこもり。ネットゲームをして過ごす。東方Projectにはまる。
- 21〜24歳
-
派遣アルバイトに登録しひとまず社会復帰を果たす。
- 24歳
-
会社都合により解雇される。一念発起し、大学に進学するべく予備校に通い始める。
- 25歳
-
希望の大学に一発合格。大学生になる。順調に卒業し、大学院にも行く。
- 31歳
-
地方の企業に就職。ついに家を出る。
妹の思い
戸惑い、憤り、不満、呆れ、支持、不安…
と様々な感情を経験するも、
大学で遅い青春を謳歌する兄を見て自分の価値観がひっくり返った事をはっきりと自覚する。
「兄は、ゆっくり成長していただけだったんだ」
「成長のスピードは、人によってこんなにも違うんだ」
その時兄は何を思っていたのか
罪悪感は「ないわけない」
この記事を書くにあたり、改めて引きこもり当時の気持ちを兄に聞いてみました。
しかし返ってきた応えは
正直なに考えてたとか全然覚えてないんだよね
そこでもう少し具体的な(攻めた)ことを聞いてみることにしました。
「罪悪感とかは、あったの?」
すると、即答でした。
ないわけないでしょ。
言われれば「そりゃそうか」なんですけど、私は兄のこの返答に、心底ホッとしました。
だって、実際、分からないじゃないですか。引きこもってる人の心境って。
なんだかいつも不機嫌そうだし。何も言わないし。
引きこもっている人に対する
「あれだけ親に色々してもらってるのに、悪いとも思ってない。」
なんて言葉もよく耳にします。
そんなの、哀しいじゃないですか。
母はあんなに悩んで、頑張ってるのに、本当に何にも感じてなかったら、やっぱり哀しいじゃないですか。
なので、兄のその言葉に、「そうだよね」と私はとてもホッとしました。
このままじゃまずいって気持ちはずっとあった。
でも何をしたらいいのか分からない。心も強くない。
ネットゲームは唯一の居場所だった。
でも決して居心地が良かったわけじゃない。
決して居心地が良くない場所にしか、自分の居場所がない。
それってどんな気持ちなんだろう
と私はこれだけでも何だか堪らない気持ちになってしまうんですが
次の質問に対する兄の答えは、私にとって更に衝撃的なものでした。
「今まさに崖を落ちそうになっている人は、他人に感謝なんてできない」
しばらく経って、私はもう一つ、今度はLINEで質問してみました。
「当時家族に思っていたことや、望んでいたことはあった?」
それは、記事を書く上で読者へのアドバイスになるような事が聞ければ、という軽い気持ちでした質問でした。
ところが返ってきた答えは私にとって衝撃的なものでした。
当時リアルタイムに思ってたこと、っていうとちょっと難しいな…
例えば、今まさに崖から落ちてる時に誰かが助けてくれたとして、
その助けてくれた人に対する感謝とか、ああすれば良かったとか、そういうことを思えるのって助かった後じゃない?
母親に毎日車で送迎してもらってたこととか、負い目は確実にあったにしても、「悪いなぁ」って気持ちとか感謝の気持ちをリアルタイムで持っていたかと聞かれると、正直自信はない。
ただ「落ちるところまで落ちないように」しがみつくのに必死で、そのためには現状に頼るしかないと思ってたことは何となく覚えてる。
今まさに崖から落ちている人間には、他人に感謝する余裕なんて無い。
この答えが私には本当に衝撃的で、そして一気に色んなことが腑に落ちた気がしました。
兄は、必死だったのだと
助かるために、必死だったのだと
これ以上落ちないように、掴めるものを求めて、必死だったのだと
「あれだけ親に色々してもらってるのに、悪いとも思ってない。」
そうじゃない。
悪いと思う余裕もないぐらい極限の状態の中で、彼らは必死に生きている。
色んな事が腑に落ちて
私は本当の意味で、兄や、引きこもりそのものや、問題児と呼ばれるような人たちや、
世の中の色々な事を
受け入れられた気がしたのでした。
そして今、妹が思うこと
「その時」家族にできることってなんだろう
「兄は、ゆっくり成長していただけだったんだ」
「成長のスピードは、人によってこんなにも違うんだ」
この思いは、今でも変わらないどころか、今では私の核を為す価値観になっています。
兄は、決して時間を無駄にしていたわけじゃない。
兄は、先のLINEで
あの時間は、自分で動き出せるまでのエネルギーと人格を作るのに必要な時間だったと今ははっきりと思ってる。
とも言っていました。
私もその意見に全面的に賛成です。
だから、もし身近な人が引きこもりになってしまっても、
「今は、ゆっくり成長しているんだ」と、本人を信じてあげて良いんじゃないかと思うんです。
ゆっくり自分を形成するための環境を提供してあげて
そして、いつか自分で動き出そうとするサインを見せたら
そっと手を差し伸べて、そのサポートをしてあげる。
周りの人がやってあげることは、その位でいいんじゃないかと思うんです。
兄一人の事例しか見ていない私がこんな事言っていいのか分からないですけど。
でも私は、もし自分の子どもが不登校や引きこもりになることがあったら
そうしてあげたいと思うんです。
「落ちこぼれ」は教育制度の欠陥
そもそもですよ
考えてみたら、おかしいと思いませんか?
小さい時って、歩き出しや言葉が遅くても
大抵は「個性」とか「個人差」って言われるじゃないですか。
(もちろん中には本当に発達に問題がある子もいます。飽くまで例えです)
なんなら1年以上遅くても「個人差」だったりします。
それなのに、6歳になった途端にみんな横並びにされて、
13歳で中学生、16歳で高校生、って決められて、
優劣をつけられて、順位を付けられて、
「到達目標」に達しなかったら落第、落ちこぼれ、って
それって、おかしくないですか?
ごく一部の本物の天才を除けば、人の能力に殆ど差なんてないんだと思うんです。
ただ、成長のスピードが違うだけ。
そして、成長のスピードが違うのはただの「個人差」です。
1歳で喋り出そうと、3歳で喋り出そうと、最後にはちゃんとみんな喋れるようになるんです。
不登校や引きこもりだって、ただの「個人差」であって
何かが他人より劣っているという事では決して無い。
だから、この世に落ちこぼれなんていないんですよ。ただの一人も。
そう思っています。
まとめ:引きこもりは「ただ成長してるだけ」だから何も心配いらない。と思う。
ちょっと思ってることを徒然なるままに書きすぎた気がするので、サクッとまとめます!(笑)
- 成長のスピードは人によって全然違う。10年スパンで違う。
- 引きこもりはただの「ゆっくり成長してる時間」(ただし本人にとっては生きるだけで必死の極限状態)
- 周囲の人ができるのは「ゆっくりと成長できる環境を整えてあげる」こと。そして「その時が来たら外に出るサポートをしてあげる」こと。
⇨ 結論:引きこもりは特別な事じゃない。何も心配はいらない。
何も心配はいらない、とは言っても
いざ自分の子どもが引きこもりになったら、私もやっぱり心配しちゃうと思います。
でもきっと、心配し過ぎずなんとかやり過ごせるとも思ってます。
何とかなった実例を、すぐ側で見てきたので。
ここまで私の一人語りに付き合って頂いてありがとうございました!
この記事が、何処かで悩む誰かの、何かしらの助けになりますように。
誰も「落ちこぼれ」にしない教育制度ができるといいな
おしまい。
この記事は、「発達が遅いのは全部個性によるもの」と思い込み、放置するのを推奨するものではありません。
発達に問題がある場合、できるだけ早くその特性に気付いてその子に合った支援をしてあげる必要があります。
「この子は何かおかしい」と思ったらためらわず専門機関に相談してみて下さい。
大事なのはその子を知ること、ペースを尊重すること、信じること。
これは発達障害だろうと引きこもりだろうとどんな子だろうと、みんな同じだと思います!!
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